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The seaside of Shonan

変わりゆく風景の「今」を残したい

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福島とFUKUSHIMA 

こんばんは。

月曜~水曜にかけて、祖父母に会うため福島に行ってきました。

祖父母宅は福島の郡山という場所で、原発から直線で57キロほど。
現在は1時間当たり1,3μシーベルト前後の放射線量を観測しているようで、年間換算だと11ミリシーベルト程度になります。
安全な値かどうかは知りませんが、少なくとも「ただちに」影響がない値でしょう。

駅前を見渡しても、長袖を着てる人やマスク姿の人は殆ど見られませんでした。
もちろん心中穏やかではないと思いますが、多くの人が普段どおりの生活を送っているように見えました。
あくまでそう「見えただけ」なのかもしれませんが、簡単に住む場所を変えられるわけでもないですし、普段通りに生活する以外どうすることもできないのが実際のところかもしれません。

以前、小田原在住の方が放射線を逃れるべく沖縄に避難されたというのをテレビで見ましたが、その一方で福島で普段通りの生活を続ける方がいるという、この何ともいえない現象・・。うまく表現できませんが、この世の中の不整合部分というべき現実を目の当たりにすると、複雑な思いになります。


また、目に見えてショックだったのは街の被害。
震度6を観測した郡山市でも建物の被害は甚大で、駅舎の一部は未だ修理中だったり、街中でも塀が倒れたり、建物の一階部分が潰れたり、被災し解体されてるマンションも見受けられました。
見慣れた町並みが一変・・というと大袈裟かもしれませんが、ここも紛れもない「被災地」なんだと感じました。

既に震災から3ヶ月が経ちますが、津波の被害を直接受けてない地域でも、まだまだ爪あとが深く残っていることを痛感しました。


もちろん今回見たのは郡山市だけのことで、原発に近い場所では全く違った状況なんだろうということは容易に想像が出来ます。
でも、一部とはいえ被害の状況を自分の目で見ることで、「今回の地震とは何だったのか?」という漠然としたものを自分の中で整理するきっかけになったはずです。

そして・・私にとっては第二の故郷でもある「うつくしまふくしま」が、「FUKUSHIMA」となってしまったということに対する悲痛な思い・・。一方で、「FUKUSHIMA」の中にも「うつくしまふくしま」がまだまだ残っていたという希望・・。
こんなことを感じた今回の福島訪問でした。



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そんな中、今回祖父母の案内で「布引高原」を訪れました。
今回見た「うつくしまふくしま」です。
こんなときだからこそ、猪苗代湖や磐梯山、阿武隈洞などなど美しい自然・文化の残る福島に、是非足を運んでみ欲しいと思います。

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そして28日は郡山市開成山公園で「巨人vsヤクルト」の公式戦が行われ、G党の祖父と観戦して来ました。
結果的には1敗1分けでしたが、地元の方は大いに楽しまれていたようでした。
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2011/06/30 Thu. 23:58 | trackback: 0 | comment: 0edit

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