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The seaside of Shonan

変わりゆく風景の「今」を残したい

『古きを偲ぶ、中国地方一人旅』 その4 

5/2(水) 2日目<前編>
大田市で迎えた旅行2日目の朝。

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この日は6時前に起床。6時半過ぎにホテルを出て駅へと向かいます。
残念ながら前日から降り続く雨が止むことはなく、この後も一日降り続く予報です。
大田市駅6:52→大森代官所跡7:18(バス:610円)
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駅のロッカーに荷物を預けた後、バスで石見銀山へ向かいます。
早い時間にバスがあったので助かりました。

バスには学生が一人乗っていましたが、彼も途中で下車。
誰も乗り降りしないバスに一人揺られ、駅からおよそ約25分。石見銀山の玄関口・大森代官所跡に到着です。

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バス停を下りてすぐのところに大森代官所があります。
幕府の直轄領であった石見銀山を治めたのがこの代官所です。

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その代官所跡から石見銀山公園までの1キロ弱は「町並み地区」として古い町並みが残されています。
さすがにまだ観光客の姿は見えず、辺りは静けさに包まれていました。

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中には郵便局や銀行などもありますが、いずれもクラシックテイスト。

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自販機まで御覧の通り(笑

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途中にあった「観世音寺」から町を見下ろすことができました。
この地方に多く見られるオレンジ色の瓦屋根は「石州瓦」。
石見地方原産の瓦で、独特のオレンジ色は釉薬に使われる「来待石」によるものだとか。

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町並み地区には旧河島家や金森家など、かつての代官所地役人や商人の住居が残されています。
一部は見学も可能。

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古き良き雰囲気の住宅に掲げられた「珈琲」の看板。

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代官所から15分ほど歩き、公園の入口までやってきました。

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近くには有名な五百羅漢があります。
五百羅漢はかつて銀山で働き亡くなった人々の霊や祖先の霊を供養するため、25年を要し1766年に完成したもの。
中には500体に及ぶ羅漢座像が置かれており、その表情やしぐさも様々。とても個性的な仏像群です。
折角なので500円を払って境内と羅漢像を見学。その後、公園の入口に戻りました。

公園からは「龍源寺間歩」を目指し、約2.3キロの道のりを歩きます。

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途中までは遊歩道が整備されており、ハイキング気分で散策できます。

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ちょうど半分ほど歩いたところに立派な休憩所がありました。
ここで、コンビニで買っておいたパンを食べ、20分ほど休憩。

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途中にはいくつも間歩(=坑道)があります。
大きな間歩には画像のような案内板が出ていますが、それ以外にも小さな間歩がいくつもありました。
この付近には600を超える間歩が点在します。つまり、そこらじゅう穴だらけということです。

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公園入り口から歩くこと30分弱、龍源寺間歩の入口に到着。
現在入ることができる唯一の間歩で、全長は600mほど。このうち273mを歩くことができます。
(ただ273mのうち116mは平成元年に観光用に掘られたものなので、実質157m)
公開時間(9時~)の15分前に着いてしまいましたが、あっさり入場させてもらえました。

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さあ、いざ間歩へ!

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間歩内部はやはり狭く、直立で歩ける場所は多くありません。というか、殆ど中腰で歩かないと頭をぶつけます。。
また外に比べて随分涼しく(このときは12℃)、所々で水が滴っていました。

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所々で横にも穴が開いており、細い坑道が続いていました。
これだけ暗く、狭く、そして危険な場所での作業は、想像以上に過酷なものだったはず。
事実、坑内で作業をする人々の平均寿命は短く、30歳まで生きられたら長寿の祝いをしていたと言われています。

坑内には私一人。聞こえるのは自分の足音だけ。
少し心細い思いをしながらも10分ほどで間歩を抜けました。

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出口から少し歩いて行くと、何とも雰囲気ある神社が姿を現しました。
佐毘売山神社と書いて「さひめやまじんじゃ」と読むようです。

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階段を上っていくと拝殿があります。
鉱山の守り神が祀ってあり、別名「山神社」。
過酷な環境の鉱山で働く人々にとっての拠り所であったのでしょう。

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出口から5分ほど歩くと、元来た道に合流します。
そのまま代官所の方へ戻る途中、またも神社が。境内は結構荒れていて、あまり手入れされていないようでした。
この豊栄神社は山口市にもあり、いずれも毛利元就を祭神としています。

この後来た道を戻っていると、近くにあったお茶屋のご主人に「団子食べてかない?」と声をかけられました。
まだまだ時間もありましたし、歩き疲れたので休憩がてら団子を頂くことに。
そこで御主人と色々話をしたのですが、その中で印象的だったのが「世界遺産化」による現地の方々の複雑な胸の内です。

御主人曰く、もちろん観光客が増えたので、商売的には歓迎。
しかし
・観光客の増加に伴って走行に危険が伴うため、路線バスが廃止されてしまった(結果、山奥の高齢者は生活の足をなくした)
・観光客が(勘違いをして)住居の中に勝手に侵入することがある(町並み地区には一般の住宅も多い)
・町並み保存地区においては建物の立て替え等にも制限がある
等々、世界遺産になってから色々な不都合が生じ、日常生活の在り方も変わってきてしまったとのこと。

「世界遺産になって良かったと思われますか?」と伺ってみたところ、
「うーん、何とも言えないね(苦笑) まぁうちみたいに商売してることろはいいけど…」

勿論これは世界遺産に限らず、観光地ならどこもが抱えるジレンマに違いありません。
観光する際には現地の「日常生活」を第一に考えて行動することを心がけなければならない、ということを改めて感じさせられた気がしました。
当然と言えば当然のことなのですが…。

その他にも御主人とは20分ほど話し込み、礼を言って町並み地区へ戻りました。



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町並み地区に戻ると既に10時を回っており、観光客の姿も見受けられるようになりました。
それでも天候のせいもあってか、町並みは相変わらず静寂を守っていました。
これがこの場所本来の姿なのでしょう。

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代官所まで戻ってきたものの、まだ時間があったので資料館を見学しました。(入館料500円)
中には貴重な資料が展示されており、当時の様子を偲ぶことができます。

大森代官所跡11:11→大田市駅11:37(バス)
こうして4時間弱をかけて石見銀山を歩き、まだ小雨の降り続く中、大田市駅へと戻りました。
大田市からはさらに山陰本線で西へ向かいます。


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2012/05/09 Wed. 21:12 | trackback: 0 | comment: 0edit

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