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The seaside of Shonan

変わりゆく風景の「今」を残したい

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北海道周遊鉄道旅 その7 

7/3(火) 3日目<後編>
列車は音威子府での小休止を終え、再び稚内に向けて走り出しました。
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音威子府を出るとすぐに街並みは途切れ、また人跡まれな場所を走っていきます。
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木々の合間からは時々天塩川が姿を現します。
この辺りは山と川に挟まれ、まさに無人地帯。

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筬島駅に到着。北海道では典型的な貨車タイプの待合室です。
駅前にはトラックが停まっており、何やら作業をしているようでした。

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筬島から次の佐久駅までは18キロありますが、その途中にはかつて「神路駅」が存在していました。
元々この付近にも集落があったものの、半世紀ほど前に全戸撤退。その後も駅は存続しましたが、当然利用者はおらず、「幻の秘境駅」として有名になりました。対岸の道路と駅を繋ぐ橋が崩落し、末期は駅への到達手段がなかったということもこの駅の注目度を高める一因だったようです。
画像の奥、線路が不自然に曲がっているのが神路駅の跡地で、元々交換可能だったものを棒線化したためにこのような線形になったものです。2005年までは建物が残っていたようですが、張碓と同様「保安上の理由」で撤去されています。

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少しだけ日が差してきてくれました。
相変わらず川と緑だけの自然豊かな景色です。

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筬島から20分ほどをかけて隣の佐久に到着。
駅には「ふるさと伝承館」なる施設が併設されており、かなり大きな駅舎になっています。
それまでの無人地帯から一転、駅前にもまとまった集落がありました。

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佐久を出ると、早くも日本の果てを思わせる景色に…。

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天塩中川駅は無人駅ながら、立派な木造駅舎が残る特急停車駅。
駅前にも中川町の街並みが広がっています。

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次の歌内は再び貨車利用の駅。駅前には家はありますが、非常に寂しい景色です。

ところでこの駅名標、「てしおなかがわ」の部分の書体が違うのがお分かりいただけると思います。歌内と天塩中川の間には元々「下中川駅」があったのですが、01年に廃止されてしまったため、上から訂正のためのシール?が貼られているのです。
ここに限らず北海道にはこうした駅名標が多く見られ、今までどれほど多くの駅が廃止されてきたかということを実感する部分でもありました。宗谷本線に限っても智東や芦川、上雄信内、南下沼などが00年以降に廃止されていて、いかに沿線の無人化が進んでいるかということが分かります。

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いつしか川は見えなくなり、広大な牧草地が車窓のメインになっていました。
ちなみに先程の歌内駅が「上川支庁中川町」、次の問寒別駅が「宗谷支庁天塩郡」に所在するので、このあたりで支庁を越えて「宗谷地方」に踏み入れたことになります。

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問寒別駅。
駅前には比較的まとまった集落があり、この時も2人ほどが下車しました。

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見る者に強烈な印象を与える糠南駅。
1両分に満たない板張りのホーム、無人の駅周辺、物置のような待合室、停車列車は2.5往復のみ、と全てが規格外。
降りてみたかったのですが、あまりにも止まる列車が少なくて断念…。
利用僅少駅の廃止が相次ぐ北海道ですが、こういう駅には今後も残って欲しいものです。

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この辺りは天塩川が迫るハイライト区間。車窓を遮るものはなく、窓いっぱいに大河の流れが広がります。
ここを最後に、天塩川からは徐々に離れていきます。

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貫禄ある駅舎が残る雄信内に到着。
ここで交換待ち時間が数分あったので外に出てみました。

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抜海駅と並び、宗谷本線で最も味わい深い駅舎が現存する雄信内駅。1925年の開業です。
残念ながら駅前には廃屋が多く、ここでも地域の衰退をまざまざと見せつけられます…。

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雄信内の次は安牛。

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駅前は御覧の有様…寂しい限りです。
以前はこの辺りにも集落があったのでしょうか。

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南幌延。駅名標が傾いていました。。
ここもかなり利用者は少なそうです。

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上幌延。
もう見慣れた光景です。。

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そして幌延町の中心駅、幌延に到着しました。
ここで35分の停車時間があるので、改札を出て街の様子を見てみます。

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久しぶりの駅員配置駅でもあり、コンクリ製の平屋建て駅舎を構えています。
かつては羽幌線の分岐駅だったそうです。

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北緯45度線の通る町、そしてトナカイの町、幌延。
駅前は比較的賑やかですが、この幌延町も人口は2300人ちょっとに過ぎません。

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幌延を発車。幌延から稚内まではまだ1時間以上かかります…。

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所々で牛が草をはむ姿も見ることができました。これぞ北海道!

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下沼駅。徒歩10分の場所には展望台があるそうです。

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下沼から豊富辺りまではサロベツ原野を走ります。

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サロベツ原野散策の最寄り駅、豊富。
大きな駅で、ここから10人ほどが一気に乗り込んできました。
天気が良ければここで下車してサロベツ散策!といきたかったのですが、あいにくの曇り空だったのでそのまま稚内へ向かうことにしました。

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豊富を出ると車窓にうっすら利尻富士の姿が見えました。

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兜沼駅。
駅名にもなっている「兜沼」は駅の裏手に広がっており、キャンプ場などもあるようです。

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さあ、いよいよ日本最北の地が近づいてきました。
車窓に広がる景色もまさに最果ての地にふさわしく、ひたすら原野や牧草地が続きます。
この先に街があるということが信じられません。

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最北の無人駅・抜海駅に到着。古くからの駅舎が大切に使われています。
稚内まではあと2駅。

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抜海を出ると何もない笹原の中を進んでいきます。来るところまで来てしまった…という感じの風景です。

そして…
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抜海駅の先で車窓に海が開けます。その向こうには辛うじて利尻富士の姿を拝むこともできました。
列車は徐行することなく、ものの5秒ほどでまた原野の中に戻ってしまいましたが、一瞬だったからこそ余計に印象に残る景色でした。
「抜海」というのもアイヌ語に対する当て字ですが、「海に抜ける」とはよく言ったものです。

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やがて、まるで砂漠のオアシスのようにどこからともなく人間の営みが現れ始め…

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南稚内に到着。終点まではあと一駅ですが、ここで交換のため10分ほど停まります。
稚内駅が棒線になってしまったため、ここが日本最北の「交換可能駅」でもあります。

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ホームは独特の雰囲気。
屋根には駅名標類が何もかかっておらず、まるで廃駅のような空気が漂っています。

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2面3線を有しますが、一番外側の線路は既に使われておらず、線路は花畑になっていました。
以前天北線が走っていた頃は3線全てが使われていたのでしょう。
まさに「夏草や兵どもが夢の跡」といったところでしょうか…。

10分後、列車は南稚内をあとにし…
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名寄から4時間23分、ついに日本最北端の駅に到着!
やはり実際に来てみると感慨深いものです。

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こちらの看板は長年旧駅舎の正面を飾っていたものですが、現在はホームの脇にひっそりと掲げられています。
多くの人がこの看板と共に記念写真を撮ってきたのでしょう。

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東京から1574.5キロ、JR最南端の南大山駅からは3095キロ、JRで最も遠い枕崎駅からは3126.1キロ。
この果てしない距離が、日本最北端の駅に来たことを実感させてくれます。

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以前は2番線まであったホームですが、駅の再開発によって棒線化されてしまいました。


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南大山は「最南端の駅」の座を譲ってしまいましたが、おそらく「日本最北の駅」は今後もこの稚内で安泰でしょう。

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ここが日本の線路の北端。この先に線路はありません。
以前は駅の外にあったこの看板ですが、今は駅舎の中からガラス越しに撮影することになります。

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稚内駅は今年4月29日に全面リニューアル開業。
綺麗過ぎて「最果て」感がないのが残念ですが、綺麗な駅に出迎えられて悪い気はしません。(もっとも、一度は旧駅舎時代に訪れてみたかったものですが…。)

なお、黄色の車止めは改修前に「最北端の線路」があった場所。改修に伴って、最北端の線路もやや南に移されたようです。

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線路はまだ北に…。

線路のように見えますが、実はこれは線路ではなく、タイルに埋め込まれた模様です。以前はもう少し海側まで線路が伸びていたということなので、それを復元したものなのかもしれません。
かねてより「稚内から線路をさらに北に伸ばし、宗谷海峡を貫いてサハリンまで繋ぐ」という壮大なプランが検討されているそうですが、現実的に考えてこの先に線路が伸びることはもうないでしょう。

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駅前通り。
80年代後半には5万人近かった人口も、今は4万人を切るほどに減少。
それでも、こんな場所にこれだけの街があるということにはただ驚くばかりです。

一旦ホテルに荷物を預け、再び周辺散策へ。
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駅から海までは10分ほど。
そこでひときわ目を引くのがこちらの「北防波堤ドーム」です。

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古代ギリシア建築を連想させるこの防波ドームは1936年に完成。424mにわたって続いています。

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また、稚内の名物がこのロシア語併記です。
何しろ最も近いロシア・サハリン州までは40kmあまり。旭川までが250km、ということを考えるとロシアがいかに近いかが分かります。

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その後道沿いの定食屋で夕食を済ませ、駅から徒歩15分ほどのところにある「港の湯」にやってきました。
濃い目の褐色の温泉で、肌がつるっつるになりました(笑
ここは稚内副港市場という複合施設になっており、海鮮料理なども楽しめます。

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温泉の裏手は港になっており、近くには漁船が多数泊まっていました。
温泉上がりでほてった体に海風がやさしくそよぎ、歩いていて気持ちよかったです。

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途中に駐車場があり、そこからホームを眺めてみました。
以前線路があった所も今は更地になってしまっています。

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この後セイコーマートで食料を買い込み、19時半ごろホテルに戻りました。

この日17時に稚内に着き、翌日は6時過ぎに出発してしまうため、今回の稚内滞在は僅か13時間。あまりにも慌ただしい稚内滞在になってしまいましたが、「日本最北の街を訪れた」という事実は私に大きな充足感を与えてくれました。
~続く
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2012/07/14 Sat. 22:12 | trackback: 0 | comment: 0edit

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