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The seaside of Shonan

変わりゆく風景の「今」を残したい

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最後の「夏休み」―東奔西走漫遊記 Vol.14 

9/4(火) 8日目<後編>
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富山から青海川に寄り道し、長岡にやってきました。
長岡11:12→新津11:52
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10:38発の新潟行きというのもあったのですが、485系に乗りたかったので1本後の「くびきの」に乗ることにしました。
今や貴重な485系。乗車券だけで乗れるとあらば、乗らない手はありません。

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新津で乗り換え。路線が東西南北4方向に枝分かれしているため、駅名標が面白い形をしています。

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近くにはJR東日本唯一の車両工場があり、鉄道の町として有名な新津。
「新津市」は2005年に新潟市に吸収されたため、現在駅周辺は「新潟市秋葉区新津地区」という地名になっているそうです。

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駅前の様子。こちらはメインとなる東口で、商店街があります。
あくまで駅前だけしか見ていませんが、人通りは少なく、思ったほど賑わっていない感じがしました。
もっとも、人が少ないのはどの地方都市にも言えることですが…。

新津12:12→新発田12:40
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新津から新発田まではキハ110の単行。
車窓には「これぞ新潟」という一面の田園風景が広がっていましたが、天気は優れず、相変わらず雨が降ったりやんだりでした。

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知っていないとなかなか読めない「新発田」。
またここで乗り換えです。

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かつては城下町として栄えた新発田。現在も新発田城は街のシンボルとなっていて、駅前にも落ち着いた和風テイストの建物が目立ちます。
市内には風情ある街並みが残されているそうなので、いつかはゆっくり歩いてみたいもの。やはり、歴史が根付いた街というのはどこか惹かれるものがありますね。

新発田12:55→坂町13:11
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普通列車がしばらくないので、坂町まで特急を使います。
先日も書いた通り、来年よりE653系への置き換えられることとなった「いなほ」。私にとって、この485系「いなほ」に乗るのはこれが最初で最後かもしれません。僅か16分だけですが、心して乗車しました。

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坂町に到着。ここで米坂線に乗り換え。

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改札に続く通路には雪避けの板が貼ってあり、雪国に来たことを実感します。
ここから乗る米坂線も日本有数の豪雪地帯を走る路線です。

坂町13:33→米沢15:56
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その米坂線。米沢と坂町を結ぶから「米坂線」…JR(国鉄)の路線にありがちな、非常に明快なネーミングです。
2009年まではJR東日本最後のキハ52運用線区でもありましたが、現在はキハ110、キハE120のJR車によって運転されています。
ちなみに車両は、先程新津→新発田で乗車したキハ110-205でした。「いなほ」の後を追って、新発田から坂町まで回送されてきたようです。

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発車前に昼食タイム。長岡駅で購入した「牛めし」です。

丁度その駅弁を食べ終わる頃、列車はエンジンを轟かせて米沢に向け走りだしました。
列車は単行ということもあり、ボックスシートには万遍なく人が座っていて、ロングシート部分は満席に近い状態でした。そんな中、私は2人掛け(1列)のボックス席に着席。4人掛けの席だと相席になりがちですが、この2人席ならよほど混まない限り相席にならないので、一人旅にはありがたいです。

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坂町を出て間もなくすると、車窓には一面の田園風景が広がりました。
しばらくはこんな景色が続き、越後片貝付近から次第に山間部に入っていきます。川を何度も渡り、緑も豊かで景色は素晴らしいのですが、勾配+雨で車輪が空転してしまうため徐行しながらの運転でした。

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坂町から40分弱で小国に到着。米坂線の核となる駅で、駅周辺には商店や民家が集中しています。
新潟・山形の県境は越後金丸~小国にあるため、ここは既に山形県です。

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小国を出るとまた民家が減り、最大勾配25パーミルの山間部を走っていきます。
画像は伊佐領駅ですが、この辺りの駅は全体的に雰囲気が良さそうでした。

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羽前椿まで来ると再び景色は開け、辺りには田んぼが広がるようになっていました。

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その羽前椿付近では、飯豊地区の散村風景(散居集落)が見られます。
散村(散居村)とは「広大な耕地の中に民家(孤立荘宅)が散らばって点在する集落形態」(wikipediaより)のこと。各家の周囲には防風林が植えられており、それが田んぼの至る所に点在しているため、特徴的な景観が形成されています。
最も有名なのは富山県の砺波平野ですが、その他にも全国各所に存在しているようです。

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散村風景はしばらく続き、山形鉄道との接続駅・今泉に到着。ここで数分停車します。

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コンデジだけ持って改札外へ。
有人駅ながら辺りは静かで、周りに店などは見当たりません。

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今泉から先の区間も、基本的にはこうした田園風景がメインでした。
後数週間もすれば稲はすべて刈り取られ、今とは全く違った車窓になるのでしょう。

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終点の米沢。上杉氏の城下町として知られており、市内には上杉氏ゆかりの史跡が数多く残っています。また、「天地人」で主人公となった直江兼続も米沢市内の松岬神社に祀られています。
既に雨は止んでいましたが、空には相変わらず重たい雲が居座ったままでした。

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そして米沢と言えば米沢牛。駅周辺には「米沢牛」の看板が至る所に散見され、ホームにもこんなオブジェが鎮座していました。またホームでは松川弁当店と新杵屋の2店舗がそれぞれ駅弁を販売していて、牛肉を使った駅弁が「これでもか!」というほど売られています。

米沢16:24→山形17:18
米沢からは標準軌の奥羽本線(山形線)で山形に向かいます。
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我が物顔で騒ぐ学生たちに辟易しつつ、ガタゴト列車に揺られて山形へ。
(画像は2枚とも山形にて)

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ここでまた乗り換えなのですが、ちょうど帰宅ラッシュの時間でホームは凄い混雑…。

山形17:44→新庄18:58
701系4両でしたが、座席はまるで椅子取りゲームのごとく一瞬で埋まってしまい座れず。さらに北山形などからも乗客が加わり、朝の東海道線並みの混雑でした。。
帰宅ラッシュの時間帯にもかかわらず、16:23、17:44、19:01(山形発)…と、列車が一時間20分に1本しかないというのがそもそも問題。コスト削減なのか何なのかは分かりませんが、サービス業を営む以上は「快適」「便利」さをもっと追求して欲しいな、と思ってしまいます。もちろんJRとて営利団体なので、コストを優先するのはやむを得ないのかもしれませんが、都心と違って増発の余地はあるのだから…。

結局乱川で着席でき、新庄までの40分以上を睡眠に充てることができました。

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今日の宿泊地は新庄。ここはまた本格的な雨が降っていました。
少し急ぎ足で、予約を入れてある古い安宿へ向かいました。

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夕食は米沢で買っておいた「牛肉ど真ん中」。
言わずと知れた牛肉弁当の横綱ですが、どうもこの牛肉は米沢牛ではないらしいという噂もあり、実際パッケージのどこにも「米沢牛」の表記はありません(原材料は「国産牛」という表記)。もしかしたら色々な産地の牛肉が混ざっていて、その中に米沢牛も混入しているのかもしれません。
とはいえ弁当自体は折り紙つきの美味しさで、米沢牛だろうがなかろうが、この値段(1100円)でこの駅弁が食べれるなら文句はありません。「冷たくても美味しく食べれる」という点(ある意味駅弁の必須条件かもしれませんが)でも、かなり優秀な弁当だと思います。

こうして8日目は新庄で終了。明日は山形→秋田→岩手と移動します。
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2012/09/24 Mon. 20:21 | trackback: 0 | comment: 0edit

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