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The seaside of Shonan

変わりゆく風景の「今」を残したい

ゆけむりと錦秋の列車旅 その3 

11/1(木) 1日目<後編>
青森から久慈までやってきました。

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久慈駅のJRホーム。この奥に三陸鉄道北リアス線のホームがあります。

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駅の南側には三陸鉄道の車庫があり、多くの気動車が休んでいました。
主力は「36形」という車両ですが、これは「サンロクがた」ではなく「サンリクがた」と読むんだとか。

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久慈駅の駅舎。平屋建てでこれといった特徴は見受けられませんが、東北駅百選に選出されています。
余談ながら久慈市はスポーツが盛んで、特に柔道は全国的に有名なんだそうです。

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駅前の様子。
営業しているのかどうかも怪しいですが、昭和の香り漂う「駅前デパート」が目を引きます。

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そしてこちらはJR駅舎に隣接する三陸鉄道専用の駅舎。
駅舎内には切符売り場はもちろん、土産物コーナーや立ち食いそばなどが入っています。

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駅前の商店街。ここもいわゆる「シャッター街」と化していて、人通りはほとんどありませんでした。
この寂しい街並みの背景には、多少なりとも震災の影響もあるのでしょうか…。

駅前散策もそこそこに、次の目的地へ向かうために駅へ戻ってきました。
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久慈からは三陸鉄道。
この三陸鉄道も震災の影響をもろに受けた路線の一つ。しかし望月社長は2014年までに全線復旧させる計画を明かしていて、実際、着実に復旧区間は増えてきています。
震災のわずか5日後に一部区間で運転を再開し、地方ローカル線の底力を見せつけてくれた三陸鉄道。乗ることで微力ながら経営に貢献できるならば…ということで、今回乗車することにしたのでした。

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停まっていたのはこんな車両でした。見た目だけでなく車内もなかなか豪華で、随分力が入っているなぁという感じです。
乗客は主に地元の学生やご年配など。加えて発車間際にシニアのツアーご一行が乗車してきて、座席は殆ど埋まりました。

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こちらは普通車車内に貼ってあったもの。
決して楽な道のりではないと思いますが、再開を待ち望む人々のためにも、何とか2年後の全面復旧を果たしていただきたいものですね。その復旧が、きっと街の復興にもつながるはず…。

久慈14:45→田野畑15:35
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定刻になり、キハ120とそっくりなエンジン音を響かせて発車した田野畑行きの列車。
久慈駅を出てしばらくは山間部を走り、陸中野田駅手前でようやく海が見えてきます。

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しかし海が見えてくると同時に目に入ってくるのは、線路脇に積まれた膨大な震災瓦礫。
野田玉川までの区間は特に建物の損壊が著しかったと聞いています。
向かいに座っていたツアーのおばあさんたちも「いやぁ…ひどいねえ」などと漏らしていましたが、本当に目をそむけたくなる景色でした。でも、これが直視すべき現実。

この後列車はトンネルと鉄橋をいくつも越え、さらに南下。
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野田玉川~堀内にかかる安家川橋梁。

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こちらは確か掘内~白井海岸。いずれの橋梁でも徐行サービスがありました。

海岸線を走る三陸鉄道ですが、意外にもトンネルの区間が多く、海を望める場所は限られています。そのため、こうした鉄橋からの眺めは三陸鉄道の数少ないビュースポットでもあります。

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列車は普代駅に到着。ここでツアー客を含む乗客の全てが降り、車内には私一人が残されました。
といっても終点まではあと一駅なのですが…。

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こうして終点の田野畑に到着(バスの車内から撮影)。
現在駅舎内には、津波で店舗を失ったお店が入居しているそうです。

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この先の区間は島越駅が流出したため、現在も運休中。列車の走らなくなったレールはすっかり錆びていました。

田野畑15:40→小本16:10(バス代行)
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ここから小本駅までは代行バスで移動します(小本駅にて撮影)。
バスの乗客は私一人。この辺りは久慈と宮古のほぼ中間地点に当たるため、鉄道(バス)の利用者も少ないのでしょう。

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田野畑駅を出てすぐ、バスの車内からはこんなものが見えました。
正体は平井賀川の水門ですが、遠目に見ると本物の車両と見紛うほど。よくできていますね。

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バスはぐんぐん高度をあげ、海から離れた山沿いの道を進んでいきます。
途中も一切乗り降りが無く、乗客は終始私だけ。これが日常の光景なのでしょうか。

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田野畑から30分、定刻通りに小本駅に到着。
降りるときにバスの運転手に「お、一眼レフじゃない。そのカメラ何万画素?」とか、「今晩は宮古に泊まるの?宿はとれた?」などと聞かれたので少し会話を交わし、礼を言ってバスを降りました。

小本駅は御覧の通り「観光センター」が併設されていて、お土産や日用品などが売られていました。
中では中年女性が一人で店番兼切符の販売をしていて、私が駅に入るや否や「次はどちらに行かれるんですか?」と声をかけてきてくださいました。
そこから取り留めのない話が始まり、気付けば例の震災の話題に…。家の1階が浸水して片付けが大変だったとか、避難所を点々をする生活が続いたとか、ようやく最近落ち着いてきたところだとか…そんなお話を直に伺うにつけ、本当にその苦労と苦悩がひしひしと伝わってくるようでした。
一方で「最近観光客が増えてきたけど、やっぱりどんな形でも来てくれるのは助かるし、ありがたい」と仰っていたのが印象的でした。もちろん考え方は人それぞれなのだと思いますが、この言葉を聞いて少しだけ迷いが晴れた気がします。

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20分ほど女性とお話しした後、少し駅周辺を見て回りました。
駅周辺は海抜があるために被害を受けなかったようですが…

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駅の裏にはこのようなプレハブ店舗がありました。元々は海の近くにあったお店なのかもしれません。
折角なのでそのうちの一軒にお邪魔し、簡単な弁当を購入。少しだけお金を落としてきました。

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その後はホームに戻って列車を待ちます。

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ホーム脇にはこんな車両が留置されていました。
側面にはポケモンやドラえもんにはじまり、しまじろうやカピバラさん、果てはどーもくんやモリゾーに至るまで、ありとあらゆるジャンルのキャラクターが描かれていて、とてもユニークな外観になっています。その名も「てをつな号」。震災復興の願いがこもった、今の三陸鉄道におけるシンボル的な車両です。

小本17:10→宮古17:43
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小本駅に着いてから1時間、ようやく宮古行きの列車がやってきました。
車両からは学生が20人ほど降りてきましたが、乗りこんだのはわずか数人。バス同様、寂しい状況でした。

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ちなみに小本駅で買った切符は硬券。これは嬉しいですね。(画像は後日自宅にて撮影)

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およそ30分後の乗車の末、宮古に到着。
画像はJRの駅舎ですが、ここもJRの駅舎と三陸鉄道の駅舎が分かれています。当駅は震災被害を免れましたが、駅舎はリニューアル工事中。どうやら宮古、釜石、気仙沼、盛の各駅で一斉にリニューアルし、地域活性化の拠点にするという了見のようです。でもどうせなら工事の前に来たかった…。

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駅前は意外にも(と言ったら失礼ですが)賑やかな感じでした。

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駅名標とホーム。
さて、ここから本日最後の移動です。

宮古18:11→盛岡20:26
先程のバスの運転手さんの話ではありませんが、宮古に宿が取れなかったので、ここから山田線で盛岡に抜けます。
紅葉も美しい山田線。本当なら昼間乗りたかったのですが、それはまた次回に持ち越しです…。
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宮古からは高校生の利用が多く、座席もそこそこ埋まっていました。
でもその高校生も各駅で降りていき、この陸中川井までにその殆どが下車。気付けば車内はガラガラになっていて、ほぼ空気輸送のような状態でした。
この山田線は今回で2度目の乗車ですが、盛岡近郊(盛岡~上米内)と宮古周辺(宮古~陸中川井)での利用者はそれなりにいるものの、それ以外の区間は2度ともひどく閑散とした状態でした。元々人口希薄地帯ということに加え、盛岡⇔宮古には「106急行」というバスが1時間ごとに走っているため、盛岡⇔宮古を移動する人は殆どそのバスに流れてしまっているのです。
JR東日本は新たな経営方針の中で「赤字ローカル線の鉄道以外への転換」という構想を示したそうですが、個人的にはこの山田線がその第一候補に挙がってしまう気がしてなりません。
静かな列車の中で、ぼんやりそんなことを考えていました。

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途中の区界で交換待ちのため停車。こういう夜の駅の雰囲気っていいですよね。

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こうして到着した盛岡駅。今日の旅はここまでです。

(続く)
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2012/11/08 Thu. 22:00 | trackback: 0 | comment: 0edit

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