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The seaside of Shonan

変わりゆく風景の「今」を残したい

ひとまず安堵 

先日成績発表があり、無事卒業が決定しました。
98%大丈夫だろうとは思っていたものの、実は結構な単位数が残っていましたし、卒論が通っていなかったら、単位を数え間違えていたら、あるいは必修科目に漏れがあったら…など不測の事態も頭をよぎり、実際に発表されるまでは不安で仕方ありませんでした。本来卒業できて「当たり前」でなければいけないのでしょうが、ひとまずこれで一安心です。
ということは、4月から社会人になることが正式に決まったことにもなります。もしここで卒業できなかった場合は留学か、あるいは留年して再度就活か大学院か…という可能性もあったわけで、無事に社会人になれたこと、そして経済的にも独り立ちできる、ということに関しては素直に喜びたいところです。

ただ、やはり社会人になることへの不安は眼の前に「ドン」と立ちはだかっていることに変わりはなく、大学生活があと1カ月となった今、その不安は益々大きく、強くなる一方。正式な入社日通知もあり、いよいよ社会人生活がすぐそこまで迫ってきたことを実感しています。

中学生活、高校生活、大学生活、今までに何度も迎えた「新生活」。これまでは「楽しみ半分不安半分」という心持で新生活の開始を待っていましたが、今回ばかりは訳が違います。とにかく不安10割。不安で不安で仕方ない。3年で終わる高校生活や4年で終わる大学生活と違って、転職しなければ40年近く続く「社会人生活」。他の新社会人がどんな気持ちで今この時を過ごしているのかは分かりませんが、少なくとも私の胸の内は情けないことに「不安」「心配」「懸念」ばかり。正直、「楽しみ」という気持ちは殆どありません。強いて言えば、給料を得ることで好きなものが買えるようになるのは楽しみですけれど…(苦笑)

自虐をこめて言いますけれど、「ゆとり世代」と呼ばれる私たちのジェネレーションにおいて、私はその典型的”ゆとりちゃん”だと自認しています。根気が無い、忍耐が無い、打たれ弱い。常に挑戦を避けて楽な方に逃げ、さしたる挫折を味わいもせずここまでぬくぬく育ってきた私。そんな温室育ちのゆとりちゃんが社会に出て、上手く渡り歩いていけるのかどうか。挫折に向き合った時に乗り越える手段を知らず、逆境に立たされた時に立ち向かう術を持たない私が、社会の荒波の中で舵を切ることができるのか。ついついそんなことを考えてしまうんです。つくづく情けないことに。
(どこからか、「これだからゆとりは!」という声が聞こえてきそうですが。)

もっとも、どんなに辛くても苦しくても乗り越えなければいけないとはわかっていますし、もちろん今までのような考え方で通用するとも思っていません。確かに不安ですが、やる気が無いわけではありません。そして4月以降の生活について「真剣」には考えているけれど、別に必要以上に「深刻」に考えているわけでもありませんし、多かれ少なかれ皆が同じような不安を持っているということもわかっています。だから、今「不安」だろうが「楽しみ」だろうが、希望に満ち溢れてようが将来を悲観しようが、4月以降やることは変わりません。少なくとも3月中は不安とか悩みなんか一切排除して楽しめばいい。そう、悩んでも考えても仕方ないのです。いざ始まったらやるしかないのだから。


自分にそう言い聞かせつつ、最後の春休みを謳歌している今日この頃です。
小っ恥ずかしい記事、失礼しました…。
013_20130305220409.jpg
近所では梅が満開です。
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2013/03/05 Tue. 22:00 | trackback: 0 | comment: 2edit

コメント

ご卒業決定、おめでとうございます。

私も学生生活を終えた後の社会人生活については、募る不安を隠せません。新しい環境や人間関係、責任など、多くの不安要素がありますが、何よりも「40年以上もの長い間、決まったリズムを繰り返す」ということにある種の恐怖を覚えています。学生時代は、どのような場所に所属してようが、何をしようが、常に比較的近くに存在するゴールを前提に生活していましたし、たとえ苦しいことでも数ヶ月や数年で解放されるという確信が努力や忍耐の糧になっていました。しかし今後はその短いゴールの存在はなくなり、出口の見えないトンネルに入るような気持ちになります。これは誰もが経験していることなのでしょうが、なかなかこの事実について前向きになれない自分がいます。

「ゆとり世代」という言葉はもはや世代が世代を揶揄する定型文のようなものになっていますし、世代間で異なる環境を経験している以上、仕方のないことなのかもしれませんね。私達の年代以外にも「バブル入社組」や「団塊世代」「逃げ切り世代」など、色々なものがありますし、レッテル貼りの文化のひとつかもしれませんね。GAN様は色々なことに真摯に取り組んでいらっしゃるようですし、社会に出られてからも人々から信頼される機会に恵まれると思いますよ。

3月を存分に楽しまれ、4月以降も今まで同様に楽しい時間を過ごされることを願っています。

mt #- | URL | 2013/03/05 22:33 * edit *

こんばんは。

ありがとうございます。成績発表までは気が気じゃありませんでしたが、無事決まってホッとしています。

まさに仰る通りです。この先ほぼ40年間、ゴールのない仕事をひたすら繰り返す日々が待っているのだと思うと、本当気が滅入りそうになりますよね…。ただ、大きなゴールや目標は無くても、例えば月一回の旅を目標にするとか、給料で何かを買うために頑張るとか、そういう小さなゴールをインターバル的に設定し、それに向かって日々頑張ると言うのも悪くないのではないでしょうか。というか、そうしたことでモチベーションを保つしかないような気がします。

まあ「ゆとり世代」に限らず、上の世代が下の世代をとやかく言うのはいつの時代も同じですし、仕方ない、というか普通のことだと思っています。それに結局大事なのは「世代」ではなく「個人」ですからね。「ゆとり」だろうが「バブル」だろうが優秀な人は優秀だし、根気のない人は根気がない。「○○世代」なんて呼び方は世相を反映する記号のようなものだと思っています。
一体この先どんな社会人生活が待っているか想像もつきませんが、とにかく人に「信頼」される社会人にはなりたいと常々思っています。

お互いに悔いのない春休みを過ごしましょう。そして4月以降も、それぞれ良い生活が送れると良いですね。

GAN #h8dDW2yY | URL | 2013/03/06 21:47 * edit *

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